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廊下の奥に、彼の背中が見えた。
『…待って、深澤さん！』
呼びかけても、足を止めることは無い。
『…っ！辰哉くん！！』
久しぶりに呼んだな。名前で。どこか冷静な頭で考えた。
びっくりしたのか、足を止めて振り返った彼の元に駆け寄る。
『…聞いて、たんですよね。康二くんとの話』
「ごめん、わざと聞こうと思った訳じゃなくて。」
『ならもう隠さずに言います』
『深澤さんが好きです。何故かは自分でもわからないけど…もう、気付いたら好きでした。』
真っ直ぐ、目を見つめた。
一瞬揺らいだその瞳。だけどすぐ、余裕そうな笑みを浮かべた。
「それなら、なんのこと契約は終わりだよ。」
『…そうですね。』
「好きな人が出来たら終わり。だったよね」
『分かってます、でも、もう覚悟しましたから』
「覚悟？」
彼のネクタイを思い切り掴んで、目を閉じた。
不器用で、下手くそなキス。初めて、私からしたキス。
『深澤さん、私絶対、諦めません』
唇を離して、宣言した。
まんまとあなたの毒に溺れた私。だけどもう、囚われて、惑わされるれるばかりじゃないから。
「…いいね。威勢のいい子は好きだよ？」
その綺麗な形の唇をニヤッと上げる。
「なら早く、俺の事堕としてみてよ」
“女の子は、少し悪い男に惹かれたりするもんだよ”
いつか、学生時代に友人がそう言っていた。
その時は意味わかんない、なんて笑って返したっけ。
「前も言ったけど、俺は誰のことも好きにならないよ」
『大丈夫です、好きにさせます』
「あは、強気だな〜、前からだけど」
そういうところ、けっこー好きだよ？なんて上から目線。
さっきまでしっぽが項垂れたような犬のように落ち込んでいたくせに、今ではすっかりこの調子だ。
「……怪我させたのは、ほんとにごめん」
『いえ。あの人の気持ちも、分かるから。』
自分だけを見てほしい。好きになって欲しい。捕まえていたい。好きな気持ちを押し殺してまで、身体の関係を続けていた彼女がそう思うのも仕方ない。
ましてや今までなんの関わりもなかった女が、いきなり近くでうろちょろし始めたら尚のこと。
…私だって女の子だから、その気持ちは分かる。
「なー、話し終わった？もう出てええ？」
『わ、康二くん』
「…盗み聞きかよ」
「ふっかさんに言われたくないねんけど！おあいこ！」
少し後ろの曲がり角から、ひょこっと頭を出した康二くん。
目が少し赤くなってるけど、言わない方がいいよね。と気付かないふりをした。
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作者名：蒼 | 作成日時：2024年3月16日 3時
