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『たまたま居酒屋で一緒になったかと思えば、帰り道にキスなんて見せつけられて、そしたら次は私がキスされてるし、最後にはお互い都合いいから恋愛ごっこしましょうなんて。いい大人なのに、ほんと何してるんでしょう、私たち』
「…ほんと、だよね」
『でも意地張ってたのは私もだから。…お互い様です』
大人になるほど、素直になれない。昔はもっと、好きなものは好きって言えてたのにな。
歳を重ねて恋愛しようとしても、そう思ってどこかでブレーキを掛けていた。
だけど初めてこの気持ちを伝えたいと思えた人。最初こそ対抗心で始めた恋愛ごっこなのに、本当に振り向いて欲しいと思った。
『私ね、深澤さんが好きです』
その声に、その瞳を大きく開いた。2回目なのに、なんで初めて聞いたみたいな反応するのよ。
『ちょっと悪い所も、ヘラヘラしてる所も、後輩に弄られちゃう所も、不器用で、優しい深澤さんも、全部好きです』
「……Aちゃん」
『私、まんまと深澤さんに引っかかったみたいです』
クス、と笑う。
少し春の匂いがる風が吹いて、その髪が揺れた。目にかかる位の前髪が少し靡いて、視線が交わる。
「……俺も好きだよ。俺の方が、ずっと好きだよ」
細い指が、私の髪を撫でた。
「俺、あの日から本当は好きだったんだと思う」
私があなたに、ハンカチを渡した日。
髪を撫でた指が頬に触れた。少し痛むけど、その指は優しくて心地いい。
「…俺でいいの？」
『深澤さんが、いいです』
契約は終わり。昨日言われた言葉。私はもう契約なんかじゃなくて、本当の恋人になりたいから。
そっと目を閉じて、近づいた2人の距離。今までとは違う、信じられないくらい優しいキスに、また思わず涙が出てしまう。
「俺、料理もできないしワガママ言うよ」
『充分、分かってますよ』
「気分屋だよ、ゲームめっちゃするし、ゲーセンすきだし」
『今更？』
「…自分に自信、全然ないよ」
『じゃあ毎日、私が好きって言います』
そう言うと、嬉しそうに笑った。2人で泣きながら笑って、抱きしめ合う。
「会社でさー、こんなことしてんのバレたら照に怒られそ」
「よくわかってんじゃん」
『…へ？』
扉側から聞こえた声に2人で振り向くと、腕を組んで立つ岩本さんに、顔を両手で隠してる佐久間さんに、ニヤニヤしてる康二くん。
「…おっと？」
「ふっかは弁当は抜きな」
残念ながら、ここまでみたいで。この後康二くんと佐久間さんに、散々いじられたのは分かりきった話。
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作者名：蒼 | 作成日時：2024年3月16日 3時
